風俗疲れと温泉巡り

私の仕事は池袋で風俗店のアルバイトをしながら、横浜の住宅に帰るという生活を送っていました。そして夜はAV撮影に明け暮れ、ライブチャットの副業もして、生活費と遊ぶお金を大量に稼いでいました。
しかし、その生活にもしだいに疲れがで出し、温泉に行きたいと思う日々が続きました。その後は風俗のお仕事の合間に温泉地を巡る旅が始まったのです。

有馬温泉と改修工事

まず手始めに行ったのは有馬温泉
有馬温泉は、兵庫県にある温泉です。関西の「奥座敷」とも呼ばれて日本三古湯のひとつとされています。泉質は「金泉」と呼ばれる鉄分の多い「含鉄ナトリウム塩化物強塩高温泉」だということで、タオルにかけると赤く染まってしまう温泉です。また、「銀泉」と呼ばれる、「炭酸ラジウム混合低温泉」があるということです。
場所的には、神戸市の山奥深く、六甲山地北側の紅葉谷のふもとの温泉街になります。温泉街は、標高350m〜500mの所の急斜面に位置しているということです。入湯料なども比較的、高いとされていましたが、近年では一人1泊2食で1万ほどの宿泊なども見直されて、日帰り入浴などを楽しむ観光客も増えてきているということです。
有馬温泉の縁起によりますと、温泉の発見は神代にもさかのぼるということで、大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)という神様たちがこの地を訪れたことにはじまります。水たまりに傷付いた3羽のカラスがいたのですが、数日後には傷も癒えたのを発見したというのです。それがただの水たまりではなく、温泉だということが分かったということからはじまったということです。それで、温泉のありかを教えてくれた3羽のカラスだけが有馬に住むことを許されたといいます。それが、「有馬の3羽カラス」と呼ばれているようです。
有馬温泉には「お坊さん」の存在は大きくて、その有馬温泉を全国に広めたのが、「高層行基」という人です。また、洪水で破滅状態の有馬を救ったのが、「仁西(にんさい)」というお坊さんです。「仁西(にんさい)」さんは、薬師寺を改修して「角の坊」をはじめとして、12の坊を営み有馬を復興させたお坊さんでもあるといわれます。「仁西(にんさい)上人」がつくったとされている12坊の名称は、「角の坊」「北の坊」「池の坊」「茅の坊(かやのぼう)」「横の坊」「中の坊」「中蔵坊」「奥の坊」「尼崎坊」「上大坊」「下大坊」「二階坊」です。
また、今の有馬温泉の基礎をつくったのが、「豊臣秀吉」です。1597年に始まった大規模な改修工事でしたが、その直接的なきっかけは、慶長伏見地震であったということです。被害も相当なものでしたが、この地震の直後から温泉の温度も急上昇してしまって「熱湯」となったことなどがあります。しかし、温泉の湯治効果というものを熟知していた秀吉は、有馬温泉の根本的な改修工事をするということになったのです。

有馬温泉